同窓会長 ご挨拶
「同窓会」あれこれ
会 長 本 田 眞 哉
二年前からの大河内会長の辞意、今回は非常に 固く、遂にお鉢が私の方へ回ってきました。お受けしたものの、同窓会活性化の妙案も抱負も持ち合わせているわけでなく、偏に会員諸兄のご協力ご支が頼み。何とぞよろしくお願いいたします。ところで、「同窓」ということの意義はいったい何なのでしょう。
いうまでもなく、同窓会は企業組織とか職制とかのような、権利や義務を伴うフォーマルな組織ではなく、いわば「よしみ」といったようなインフォーマルな繋がりの「なかま」。旧い言葉を借りれば「同じ釜の飯を食った」なかま。卒業後の職場で、あるいは地域社会で、同窓であるということでお互い胸襟を開いて打ち解け合えることもしばしば経験するところです。私事で恐縮ですが、ひょんなご縁で昨夏より、ある社会福祉法人の理事長職をお預かりすることになりました。児童養護施設、保育園、特養、ケアハウス等を設置運営する名古屋市内の法人ですが、その職員の中に同朋大学の卒業生が二人、同朋高等学校の卒業生が一人在籍していることが判りました。今まで宗門・教区関係や教育関係では同朋大学等同朋学園の卒業生に数多く巡り会ってきましたが、社会福祉の分野でも同窓生が活躍しているのを目の当たりにして心強く思った次第。それもその筈、Sの卒業生の方がBやJの卒業生よりずっと多いのですから。
同窓ということが判ると、初対面でも何となく親しみを感じ解け合うことに。まあ、このことが良いことなのか悪いことなのか分かりませんが、理屈抜きでほのぼのとした仲間意識が醸し出されることは事実。
しかし、こうしたインフォーマルな繋がりが、逆に同窓会という組織の活性化を阻んでいるのも否めない事実。総会に欠席してもペナルティーはなく、気にくわぬ先輩の指示に従わなければならないという義務もなく…。反面、何か目標を設定して活動すれば、そのことをご縁として期間限定ながら活性化することになるかも。仄聞するところでは、間近に大学の周年事業の企画があるとか。となれば、同窓会としては募財活動を展開して支援することになりましょうか。
そうした折には、会員諸兄の絶大なるご協力を賜りたく、よろしくお願いいたします。そして、そのことが同窓会活性化のご縁となれば幸甚の至りです。
合掌


