仏教文化研究所の歴史

本学園の嚆矢「閲蔵長屋」が開設されてから満150年に相当する昭和52(1977)の4月1日をもって、「同朋学園佛教文化研究所」が発足した。その前年四月より準備室で開設に向けて検討が加えられ、同年10月25日付で「規程」が施行された。昭和52年(1977)4月8日に開所した。

所員に任命されたのは同朋大学の織田顕信、畝部俊英、戸田信正、近藤祐昭、沼波政保、名古屋音楽大学の西崎専一、名古屋造形芸術短期大学の中村英樹で、当時の学園三大学から教員が選任された。

初代所長となった藤井智海は同朋大学同窓会紙「朋流」第17号の「開設にあたって」で、次のように記す。

当面の課題としては、大学内においては、仏教・社会福祉・国文の三学科、学園においては、同朋・音楽・造形芸術の三大学の一本化を軸として、教育環境の整備、充実を図ることであり、これを基に、最高学府としての宗教と芸術の殿堂を実現することであります。そして、それこそが仏教文化のより高度な追究をめざす大学院の設置を可能にすることができるものと確信するものであります。

研究所の目的は、稲葉圓成の「広く仏教文化の研究と興隆に寄与し、もって地域社会に貢献する」という学園設立の趣旨によるものであるが、研究所の設立によって初めて同朋・音楽・造形芸術の三大学の教員が「共に」研究する場ができ、いっそう高度な追究をめざす大学院の設置をめざす場ともなった。

研究所の設立にあたり、同朋学園の建学の精神である同朋精神が具体的に伝えられている『歎異抄』を「共に」研究にかかわる所員及び研究員がそれぞれの専門領域を尊重しつつ、しかもそれを超えて学んでいける対象として、毎月2回の「歎異抄研究会」が開催された。

この共同研究をを承けて『歎異抄』に関する古写本、版本、注釈書、研究論文、啓蒙書などの収集をつづけ、今日に至っている。また夏期休暇を利用して、『歎異抄』関係文献の収集の調査旅行が実施された。公開講座が開催された。

さらに「広く仏教文化の研究と興隆に寄与し、もって地域社会に貢献する」ため、東海地域の寺院所蔵資料の収集と整理が実施されていった。そうしたなか、本源寺(愛知県中島郡祖父江町)経蔵に蔵する経典の調査依頼があった。

備調査で京都三聖寺旧蔵の宋版一切経の一部であることが判明し、昭和53年(1978)2月より調査し、調査報告を翌年の3月に創刊された『同朋学園佛教文化研究所紀要』に共同研究「本源寺蔵宋版一切経調査報告」として掲載した。この研究調査の成果によって、本源寺蔵宋版一切経は愛知県から文化財に指定された。

昭和54年(1978)10月、日本私学振興財団から「真宗を中心とした東海地方寺院資料の調査整理並びその研究」に学術研究振興資金の交付が認可された。この研究調査は今日も継続されてる。

資料調査に赴いた寺院より書籍の寄贈がつづいた。それらのおおかたは和装本で、なかには貴重な書籍も含まれている。

昭和59年(1984)、所長職を同朋大学長寺倉嚢が兼任したが、昭和60年(1985)より武田賢壽が第三代所長に就任した。所長提案によって「同朋学園佛散文化研究所所報」が発刊されることとなった。この年は研究所創設10年(「規程」施行から数えて)に当たり、その記念の意味を含めて、「所報」を発行して研究所の現況を報告することとなった。

そして昭和61年(1986)、大谷派名古屋別院が平成2年(1990)に開創300年を迎えることから別院史を編纂するために協力するよう要請があった。昭和62年(1987)9月には、名古屋別院開創300年記念事業として松坂屋本店において開催された「親鷲聖人展」にも協力し、目録の制作、列品解説などに従事した。開創300年の法要が勤修された平成2年(1990)春、『名古屋別院史』が完成した。A5版で通史編(820ページ)、史料編(612 ページ)、史料編別冊(211ページ)の大部のものとなった。

「同朋学園設立の趣旨」にのっとり、広く仏教文化の研究と興隆に寄与し、もって地域社会に貢献することを目的としてきた「同朋学園佛散文化研究所」であったが、平成4年(1992)3月31日をもって廃止された。創設以来15年にわたって活動し、『紀要』は第14号、「所報」は第8号まで発行したところであった。4月1日からは新たに設置された「同朋大学仏教文化研究所」に従前の研究所は継承された。

平成4年4月新たに第四代所長織田顕信のもと、専任所員1名と、同朋大学教員を兼任所員として発足し、これまで諸寺院などから寄贈を受けその量が多くなってきた和本の整理と目録作りが始まった。その成果は平成9年(1997)の紀要第16号以降に順次掲載され、学外の研究者等にも利用されるようになった。またこれまで行ってきた寺院調査の記録も研究所寺院収蔵物データベースとしてインターネット上に公開し、内外の研究者が検索できるようにした。

平成9年から研究所研究叢書として、研究所の永年に亘る寺院調査を基にして、資料と所員、客員所員、学外の研究者などによる総合的な研究成果が刊行された。その一覧は成果に掲出した。

平成14年(2002)に第五代所長に小島惠昭が就任し、平成17年には学園の総合施設Doプラザ閲蔵2階に移転した。この年から研究所の所蔵史料や、研究顧問など関係諸氏の収集された資料などを公開することとなり、平成18年(2006)から春秋2回の展示をおこなっている。